2018.8.03 ハードコア調査録開始について。

風邪の症状が悪化した訳ではないけど、咳が出るし、痰が絡むしウィィィィ!!イラッとする。

先日始める宣言した、ハードコア調査録の開始のご報告。

▷とりあえずググって並べる。

当時の重要なバンドの存続期間をとにかく並べております。これだけでもなかなか点と線が繋がりはじめてます。

初めの流れはNYが先にパンクが存在しUKに飛び火した?て事みたいですね。ただ色々諸説あるみたいだし、この辺りは明言できないかもですね。

今のところ、UK、US揃ってハードコアの起源としては1976年~1977年と思われます。UKはDischarge 、USはバッドブレインズ、black flagあたりかなぁー。もう少しここは掘り下げて調査していきます。

他の人のまとめは極力見ないで後で答え合わせしてみようと思います。

▷DIY Attitude

そして、今尚、引き継がれるパンクのDIY精神はCrassのレーベル発足が起源と言える様です。

Crass聴いたことない、、、。

「The Feeding of the 5000」をリリースした。しかし1曲目の「Asylum」の歌詞が問題となり、2分間の無音トラックとして収めた。この反省から、個人レーベル「クラス・レコード」を設立。これは当時としては前人未踏の冒険であり、ジャケットの印刷はどの印刷所からも引き受けてもらえず、高価な印刷機を自分たちで調達するなど、後のパンクにおける「DIY精神(自分たちでやること)」の手本となった

インディーレーベルの起源。素敵ですね。

イラスト描いてる自分も今同じ事をやろうとしてます。高い印刷機買ってみようと調べていますし商品のパッケージングだったり。自分でできることは自分でやるスタイルは貫きたいですね。

ただ時間は限られてますし、何もかも1人ではできないからコミュニティを作ったりね。

1977ヒッピー世代の元パフォーマンス・アーティストのペニー・ランボー(ドラムス、作詞。フランスの詩人アルチュール・ランボーを私淑していた)と、彼より20歳も若いパンクスのスティーヴ・イグノーラント(ボーカル、作詞)が出会うことにより生まれた。ふたりは互いの詩を見せ合って共鳴し、ランボーが住んでいたコミューン(自給自足の農場と廃屋で、「ダイアル・ハウス」と命名された)で”So What?” と “Do They Owe Us A Living?”のデモを録音し、共同生活を始めた。この「バンド」の噂を聞きつけ、続々とのちのメンバーとその家族たちが集まった。最終的に、ここには12人の人間と20匹の猫が住んだ。

ここで言う、12人と猫20匹のコミュニティ。同じ志の集い。

今インフルエンサー商売しているツイッター民が言ってる成功の秘訣にそっくり。

この時代には既に存在していたコミュニティのあるべき姿を噛み砕いて説明してるだけかもですねぇ。オンラインサロンもこれが起源かもですね。




まだ初日なのでこんなところです。

でも楽しいですね!当時の情景を勝手に妄想しながら。好きな事を掘り下げるって良い事ですしね。

以上、今日はここら辺で。

読んでくれた方々、ありがとうございました。

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ではまた。

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